しまなみらしい風習・広島編

わたしが思春期の女子だったのは四半世紀前。
その頃はといえば、お盆を過ぎれば、本気で涼しかったのです。
うっかり窓を開けて寝ようものなら翌日は鼻水ズルズル。
くしゃみがちっとも止まらない。

そのくらいしっかり涼しくなっていたのが、
今や彼岸を過ぎてようやく涼しくなったかな?程度でなんとも隔世の感です。
暑い暑いとあまり言いたくはないのですが。

さて、お盆も彼岸もすでに過ぎましたが、あれは一体なんだ?
とよく尋ねられる広島らしい風習を思い出したので、紹介します。


※とにかく派手がすぎる盆灯籠@呉市

お盆のお墓が華やか

一つ目は、盆灯籠です。
赤、紫、白、緑、黄に金銀に彩られとにかく華やか。
かつて昭和なお誕生日会で目にしたあの輪っか、と言えばわかるでしょうか。
そんな装飾までもがじゃらじゃら、ぶらぶら。

全体のサイズは、この時期によく見かける虫取り網程度といったところでしょうか。
これが、仏具屋さんにひっそり陳列、ではないのです。

なんと、スーパーやホームセンター、
さらには全国チェーンのコンビニにまでゾロゾロと並ぶのです。

1本だけでも十分に目に鮮やかな見てくれなのに、
さらにお店入り口付近のわかりやすい場所に大量に置かれることが多いです。
よって、びっくりするぐらい無駄に目立ちます。
異彩を放ちます、と言うべきかもしれません。

そして、お盆のお墓参りでこの盆灯籠が飾られると、
傾斜地にある墓地が遠くからわかるくらい色とりどりににぎわいます。

そんなザ、広島のお盆の光景を、タイミングが合えばぜひ体験してください。

墓石のあの文字は何?

車だとさすがに厳しいですが、サイクリングペースの移動だと、
墓地に並ぶ墓石に大きく刻まれた文字が気になる方もいるかもしれません。

一般的によくある「南無阿弥陀仏」だけでなく、
別の文字が書いてあるところがあります。
その文言は、「倶会一処」。

「倶會一處」と書かれることもありますが、実はどちらも同じ漢字です。
これは、「くえいっしょ」と読み、倶(とも)に一つの処(ところ)で会(あ)う」という意味です。

仏説阿弥陀経に由来することばだそうです。
浄土真宗のならわしとのことで、特に広島に限った話ではないのですが、
この辺りでは大きな文字でとかく目立つ墓石が多いように感じます。

墓参り=山登り?

もう一つ、都市部とは違うな、と感じるのがお墓の場所です。
あるとき、我が家の墓参りに行く道中の写真をSNSでアップしたところ、
(オフロードバイクで攻めるのに)いい路だね!
と自転車仲間の友人からコメントがきて苦笑しました。

確かに、あらためて眺めてみるとシングルトラックの良いフィールドにしか見えません。
時によっては、お墓参りとはまあまあな山登りであって、
霊園行きのバスに乗るだけでは決して終わらないのです。

もちろん都会的な墓地や、極端な話、マンション墓を利用する方もいます。
が、都会育ちの人間、例えばわたしの配偶者に「え、今日って山歩きするの?」
と言わせるレベルのワイルドな墓参りができるのは田舎ならではの魅力です。

まあ、自分の背丈ほどの草が多いしげり、
言われてみれば目の前にうっすら獣道程度の踏み跡がある。
さらにお墓に到達するには、急峻な九十九折を何度か上がる必要がある。
山登りと思っても仕方ない条件が揃い過ぎてはいるのですが。

お年寄りになって足腰が弱くなると、墓参りで参る方の寿命が縮んでしまいそうな勢いです。
足腰をしっかりしておかないと、墓参りも命懸けです。

 

 

関連記事

PAGE TOP